先日、坂道で転倒した話を書きましたが、
今回は、その後に感じたことを、少しだけ書いておこうと思います。


転倒した直後は、その出来事そのものがつらくて仕方ありませんでした。
しかし傷が回復してきた今、つらいと思うことは、
「痛みが見た目では伝わらないこと」でした。
痛みが続いているのが利き手。
レントゲンで異常なしだったこともあり、
ギブスや包帯をぐるぐる巻いているわけでもないし、
腫れたりもしてないから、全然動かせています。
でも実際は、
重いものはもちろん、箸を持つのさえ痛いし、
服を着るのもつらい。
利き手を使う作業は、かなり負担な状態です。
それでも、
「動いている=大丈夫」
「できている=問題ない」
そう見られてしまうことが多い毎日。
「日にち薬やしな」
と言われ、痛みを訴えても、
「痛みや心は見た目じゃわからないからな」
と、正直少し突き放されたように感じてしまいました。
痛みをわかってほしいわけじゃないし、
同情してほしいわけでもないの。
ただ、
「今はこれができない」
「今はここがつらい」
その事実を、そのまま受け取ってほしかっただけなのに。
ふと、別のことを思い出した。
私は朝、腹痛になることが多くて、各駅停車しか乗れないんです。
もちろん時間はかかるけど、それでも行くことはできるんですよね。
でも、
「家の近くで働けば?」
そんなふうに言われたこともある。
行けないわけじゃないし、サボっているわけでもないし、
各駅停車で行くことで誰かに迷惑かけているのでしょうか。
今回の手の痛みも、同じで、
相手が経験してないことをわかってもらうことは難しくて、
見えない痛みは言葉で伝えるしかないのです。
といっても、説明しても伝わらないこともあるけど。
だから私は、
できるだけ思いやれる人でいたいと思った。
自分が経験して、
「ああ、これは見た目じゃわからないな」
そう感じたことを、忘れないようにしたいです。
誰かの「普通」が、
別の誰かにとっては、
かなり無理をして成り立っていることもあるんだと、
そんなことを考えた、転倒後の日々でした。

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